2009年01月27日

『冬の運動会』

岡田准一が、好きだ。
以前『東京タワー』を見たときは、実はそのよさがあまりよくわからなかった(^_^;)

が、深夜ドラマ「SP 」で炸裂した。
真田広之に似ているところも、いい!
なんといっても、男臭い。
年をとればとるほど、渋くなってゆくと思う。

・・・などという話し手をしていたら、友人が貸してくれたのがこれ。




基本的に、向田邦子も、好きだ。
私的には、向田邦子といえば、圧倒的に『阿修羅のごとく』だ。

この人の原作には、いつも"もうひとつの世界"が出てくる。
その多くは、男性が持つ"もう一つの居場所"だけど、実は女性だって、欲しい。
責任や立場が出来れば出来るほど、そういう場を求めるのだと思う。
まぁ、そこに"もう一人の男性/女性"が絡むかどうかは、それぞれだでしょうけれど。

それにしても、さすがにもう一人の"親"は、すごいと思った。
その昔、近所のおじさんやおばさん、あるいは親戚の叔父さん叔母さんがが、実はそういう役割を果たしていたのだと思う。
先生も、それに近い存在であったんだと思う。
子供には、そういう存在が必要だ。

けれど、現代には、親ではない親身な大人との触れ合い/出会いが少ないように思う。
インターネットの社会は、それに取って代わるようで、変わらないようにも思う。
社会を、親とはまた違った視点から見ることができ、なにより、親を別の側面から見られる機会なんだと思う。
こうやって私たちは、表と裏・・というだけでなく、いろいろな側面から物事を見ることを学ぶように思うのだけれど・・・

同居しているおじいちゃんの存在も、良い。
別に同居していなくても、行き来できるそういう存在があると言うことが、すごく助けになる気がする。

そしてそれは、大人になっても欲しい場所。
女性は、特に母親になると、物理的にそういう場所を持ちにくいけれど、カルチャーセンターや、近所のグループや、なにかそういう"場"が必要だと思う。

身の回りを見渡せば、"場"そのものは、有り余るほど存在する。
けれど、その多くは、結局"たてまえ"でしか生きてゆけない場所になる。

家よりくつろげる場所、持っていますか?


posted by yuu at 09:40| シドニー ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ/映画/音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月26日

『地下鉄に乗って』

友人が貸してくれた。

事前情報全くなしに見ていた。
地下鉄の階段を上がると、そこは昭和39年。

なるほど、そういう映画ね・・・
と、安易な気持ちで見て居たら、そんな浅はかなものではなかった。

自分の過去に戻るのではなく、
親の、それも、子供の視点からは見えなかった若い時代や家庭の外での視点に戻る。

自分が歩いてきた道を想い、親の若かりし時代を気ままに想像することは、なくもない。

だれにも、物事をそう考える背景があり、理由がある。

誰しも、人の後ろ姿を見て、考える。

そして、いくつもの顔を持っていて、多分、それを全部知っている人はいないのだと思う。

これまで、ふつふつと心の中に思っていた、「親の子供時代からの人生を見てみたい」そんな想いが、目の前で繰り広げられていた。
そして、展開は、最後まで実にみごとだった。

最初と最後に出てくる、学校の先生。
私には、とても思いで深い、そして、今の私の基礎を形成してくださったと、大人になってから、感謝してやまない恩師。
その先生を思い出さずには見られなかった。

おりしも今、DNAについて書かれた

を読んでいるのだが、人が受け継いでゆくもの・・・を考えさせられる。

正直、原作の浅田次郎は、基本的にあまり好きだと思っていない。
が、この作品は、"星新一の長編作"といった印象だ。

今度は、自分のこれまでの人生を、いろんな人の視点から見たもの・・というのは、どうだろう?



文庫本はこちら。

ラベル:映画
posted by yuu at 16:39| シドニー ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ/映画/音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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